the days of "SEAMAN"
1日目(7月29日・晴)
ついに伝説の「シーマン」が自宅で育成できるようになった。
発売日の本日、さっそく私も育成キットを購入し、育成することにする。
そして同時に、この育成日記をつけることにした。
ガゼー博士によると「日本人は日記に天気をつける」性質があるそうなので、
それに習うこととする。
とりあえず今日は水槽に卵を入れ、水温と酸素量の調整をしてやる。
「シーマニュアル」によると、水温は10度から15度、酸素量は80以上が
適正なようだ。
どちらも適正値にしてやると、ほどなく卵から8体の幼生が孵化した。
わかりやすく言うと精子の形をしている。「マッシュルーマー」と呼ぶそうだ。
1時間ほどマッシュルーマーを見つめていたがどうやら進展しそうにない。
明日になれば何か起こるだろう。眠ることにしよう。
2日目(7月30日・晴)
朝早く起きて様子を見てみる。何の変化もない。
ジッと見つめてやると、マッシュルーマーもこちらを見つめ返す。
そして照れるように目(?)をそむけ、巧みに鞭毛を使って
水上にむかって泳ぎ、その後定位置に戻る。
自分が見られていることをわかっているのだろうか。
また、水槽のガラス面をノックしてやると、8体がみんな慌てて動き出す。
この動きには3つのパターンがあるようだ。
・叩かれた場所から逃げ出す、もしくは流されるように移動する
・叩かれた場所を目指して泳ぐ
・その場でグルグルと回転して踊り出す
どんな時にどんな動きをするのかは法則がつかめない。
私は、だが、少し、楽しんでいる。
そういえば昨日孵化するまでは身動きもしなかった貝殻が動き出した。
動き出した以上は貝殻という表現は適切ではない。貝だ。
「ノーチラス」というらしい。
3日目(7月31日・晴)
シーマンについての文献を読んでみたところ、
幼生の頃に、他生物に寄生する性質があるという。
なるほどそのために「育成キット」に関係ない生物が入っているのか。
あさはかな考えかもしれないが、とりあえずノーチラスと絡ませてみよう。
水槽をタッピングして、マッシュルーマーをノーチラスのほうに誘導してみる。
ノーチラスの動きが激しくなり、その触手で一体のマッシュルーマーを捕らえた。
そしてあっさりと食う。
食われた。体内に寄生しようと思えばこれしか入る手段はないわけだが、
果たして良かったのだろうか。
しかし非常に興味深かったので、立て続けにあと2匹食わせてみる。
この日はこれ以上の進展は見られなかった。
食われたことを進展と呼ぶのならば。
4日目(8月1日・晴)
晴れて暑い日が続いている。
水槽の温度にも気をつけなければ。
かなり長い時間、水槽を見続けていた。
今、目で確認ができるマッシュルーマー5体のうち、3体が鞭毛を
水底の土に埋め込んだ。丸い頭だけが見えている状態だ。
どうしたことだろう、と観察しているがそこから何も起こりそうにない。
と、油断して目を離した隙に、その3体が姿を消した。
それからしばらくが経過して、残りの、最後の2体も同じ行動をとった。
鞭毛を水底に埋め込み、身動きもしない。
今度こそ見逃すまい、とビデオにおさめつつ注目していたところ、
フッと消えるように、その場からいなくなった。2体とも。
マッシュルーマーがいなくなったと同時に、
ノーチラスも活動を停止した。
私は、失敗したのだろうか。
5日目(8月2日・晴)
朝早く起きて、水槽を覗く。
変化が起きる気配はない。
晩、部屋に帰るや否や水槽を覗く。
変化が起きる気配はない。
相棒のホソカワくんも、何もアドバイスをしてくれなくなった。
どうやら失敗したようだ、認めたくはないが。
私は激昂し水槽をこなごなにくだき中に存在したかもしれない
なにかをベランダから外へ投げ捨てた。
ブランデーを口にして少し落ち着きを取り戻す。
大丈夫だ、人生に失敗したわけではないのだ。
失敗したのはシーマンの人生ではないか。
何度でも研究のやり直しはきくのだ。
失敗の原因を考えてみた。
まず水温だ。ガゼー博士の日記を信じて24度前後に設定したが、
ここはやはりシーマニュアルのいう通り、20度までに抑えることにしよう。
続いてノーチラスだ。私は中途半端だった。
全部食べさせるか、ひとつも食べさせないか。オール
オア ナッシング だ。
まずは全部食べさせてみよう、そのほうが結果が早いだろうから。
最後は情報だ。もっと情報を集めて・・・
いやそれはやるまい。今やネットワーク上に情報が氾濫していることは
生まれたてのマッシュルーマーでもわかることだが、これを見ることはやめておこう。
思うがままに進めることにしよう。
気を取り直して新しい水槽を用意する。早速卵を入れてみる。
10分もすれば孵化した。ここまでは前回通りだ。
ノーチラスが動き出す。すべて食べさせてみる。
10分後、ノーチラスが墨を吐きながら暴れ出した。
1秒たりともじっとしていない。
10分間たっぷりと暴れたあと、なんと貝殻部分を放り出して身だけとなる。
そのままの姿で彼はのたうち回り、血を吐き、そして新たな生命の礎となった。
私は成功した。
ノーチラスの死骸から、8体の稚魚が飛び出てきたのだ。
ちゃんと顔がある。「シーマン」である。
4日かかって失敗にやっと気づいた私だったが、
今度は30分でここまできてしまった。
少し疲れたような、落ち込んだような、そんな気分だ。
今日はここまでにしよう。
6日目(8月3日・晴)
相棒のホソカワくんが語る。
このシーマンの稚魚は「ギルマン」というそうだ。
卵やマッシュルーマーと違い、ちゃんと顔を持っている。
懸命に話し掛けてみるが、なかなかこちらの言うことを理解してくれない。
いや、理解はしているのかもしれないが、それを判別する術がこちらにはないのだ。
8匹のギルマンが口にするのは私がこれまでに聞いたこともない言語であるから。
言語かどうかすらもわからないのだが、
敬愛するジョン・万次郎を倣ってギルマンたちの言葉を日本語に置き換えるなら、
「ちゅうねん」
「何いうねん」
「せからしい言うとんねや」
どうやら関西弁に近い発音のように思える。
もちろん意味は違うのだろうが。
7日目(8月4日・晴)
昨日に続き、何度も何度も話し掛けてみる。
私:「シーマン?」
ギルマン:「シーマン!」
やった。ついに彼の口から日本語として意味のある言葉を聞くことができた。
私:「おーい」
ギルマン:「なぁに?」「呼んだ?」
私:「元気?」
ギルマン:「とっても元気」「元気元気」「イェーイ」
私:「カワイイ」
ギルマン:「カワイイ」「あい」
私;「もしもし」
ギルマン;「もしもし」
とても会話とは呼べない単語のやりとりではあるが、
ついに彼と意思疎通ができたことを私は素直に喜んだ。
しかしあるギルマンと言葉のやりとりを楽しんでいると、
別のギルマンがやってきて頭についた管を伸ばし、
会話中のギルマンから血を吸い始めた。
その管は「吸血管」というそうだ。
その名の通り血を吸いきり、吸われた方は水面に浮かび息を引き取った。
吸血行為はその後も繰り返され、水槽にはギルマンが4匹となってしまった。
私のエサをやる頻度が足らなかったのだろうか。
もう少し、救えなかったのだろうか。
8日目(8月5日・晴)
さらに吸血行為は進む。ついにギルマンが2匹となった。
生き残る2匹は、もう半透明ではなくなり、すっかり魚の体になっている。
そういえばヨコハマに住む同士が言っていたことを思い出して、
通常なら私が決して口に出すようなことがない下品な言葉を言ってみる。
私:「うんこ」
ギルマン:「うんこッうんこッうんこッうんこッ」
私:「うんち」
ギルマン:「うーんちうんちッうんちッうんちッ」
可愛い。まだまだ子供なのだろう。子供はこういうのが好きなものだ。
しかし少し、赤面した。
9日目(8月6日・晴)
水槽を見て驚いた。
ギルマンが、大きくなっていた。
声も野太い。
相棒のホソカワくんいわく、「ハイギョ」に成長したようだ。
昨日までの可愛げは全くない。
会話の質も変わった。
ハイギョ:「お前、いくつだ」
私:「27」
ハイギョ:「彼女、いるのか」
私:「いない」
ハイギョ:「ゲームなんかしてていいのかよ」
ハイギョ:「お前、仕事なにやってるんだ」
私:「事務」
ハイギョ:「事務なんてそのうち全部コンピュータにとって変わられるんだ、
今から次の仕事探しとけよ」
骨身にしみる思いである。
10日目(8月7日・曇)
ハイギョが言うには、この部屋に虫かごがあるらしい。
そこに生まれるであろう、蛾の幼虫が彼らの好物だそうだ。
部屋を探すと、確かに虫かごがあった。そして卵が4つ。
湿気を調節して待つと、卵が孵った。
緑色をした幼虫だ。そして彼らにも、人の、顔が、あった。
とりあえず一匹水槽に投げ込んでみる。
ハイギョはうれしそうに、頭からかぶりついた。
決して見ていて気持ちのいいものではなかった。
残りは食べさせることなく育てることにする。
虫がいなくなっては元も子もないのだから。
11日目(8月8日・晴)
ハイギョにしっかりとした脚が生えた。
先日から下腹部に黒い何かが見えるのが気にはなっていたのだが、
やはり脚であった。
そして今度はエラの後ろに黒い何かが見えるのが気になる。
やはり腕が生えるのだろうか。
12日目(8月9日・晴)
すこし挙動がおかしい。
気になって水槽を見つめると、1匹のハイギョがもう1匹の上に乗っかり、
腕と脚でしっかりとくっついていた。
少しエロティックな印象を受けつつも見守る。
2匹の吸血管がお互い引き合うように、先端をくっつける。
上に位置するハイギョから、吸血管を通して何かが送られているようだ。
そして、2匹は、恍惚の表情。
1分も経過しただろうか、いや私にはもっと長く感じられたのだが、2匹は離れた。
上に位置していたハイギョが口を開く。
「生まれた以上、子孫を残さなきゃね」
それが今わの際の言葉だった。
彼は力なく水面に浮き、目を開いたまま動かず、やがて沈み、土に帰った。
13日目(8月10日・曇時々雨)
相棒のホソカワくんいわく、水槽の中の石を動かせるそうだ。
カチャカチャと動かしてみるが、どうにも一番大きなものだけは
動いてくれない。ゆれるだけだ。
ハイギョに声をかけてみる。
私:「手伝って」
ハイギョ:「しんどいからイヤだ」
あきらめて一人で作業を続けていると、ハイギョが石に近寄ってきた。
あんなことを言ってもやはり根はいい子なのだ、ちゃんと手伝ってくれた。
しかし、石は、少し動いただけだった。
夜。再度石を動かそうと試みる。
エサを与えたばかりで上機嫌だったのだろうか、ハイギョが近寄ってきた。
すると彼は一人で石を押し始めた。
ある程度石が動いた時。
轟音をあげて、水槽の水が石のあった場所に生まれた穴から吸い込まれた。
水槽は水の入っている面積が約3割になり、
あとは「陸地」となった。
ハイギョは狭い水の中を苦しそうに泳いでいる。
次の世代の、誕生準備、なのだろうか。
14日目(8月11日・晴)
ハイギョがその違和感のある手足を不器用に使って、陸に上がった。
一時ひとところにとどまり空を見つめたのち、
うめき声をあげながら、その吸血管から丸い物体を吐き出した。
産卵、であった。
6つの卵を産んで、彼(?)は息を引き取った。
「はい、私の仕事コレで終わり」
彼はそう言った。
15日目(8月12日・晴)
6つの卵は半透明で、中ではすでにオタマジャクシの形をしたものが
動いている。くるくると回っている。
半日もたったろうか、いきなりオタマジャクシ状のシーマンが
卵の殻を突き破り、水面へダイブした。
相棒のホソカワくんいわく、タッドマンというそうだ。
また以前の可愛い声を聞かせてくれるのだろうか、と
声をかけてみるが、期待はあっさりと裏切られた。
「しつこいんだよ、おまえ」
16日目(8月13日・曇)
小さいながらも彼らには吸血管がしっかりとついている。
前世代は魚であったものが、オタマジャクシになっている。
魚類から両生類への進化だが、彼らの特徴である人面と
吸血管だけは損なわれていない。
そしてやはり、吸血管はその名の通り吸血するためにあり、
今回も同族の血を吸い始めた。
過酷な生存競争をとりあえず生き残ったのは、3匹だけである。
17日目(8月14日・曇時々雨)
水槽を覗くと、もうタッドマンに脚が生えていた。
ギルマンの頃についていた脚よりもたくましく見える。
すでに腕が生えるであろう位置にも黒い何かが見え隠れしている。
カエル型の形態になるのも、後少しの時間だろう。
そして生き残ったのは、もう2匹だけだ。
18日目(8月15日・曇時々雨)
すでに「タッド」ではなくなっていた。
すっかり太い脚と腕が生えてしまっていたから。
その太い腕で水を掻き、太い足で水を蹴る姿は
昔の魚の姿を忘れさせてしまうどころか、
少し人間っぽさすら感じてしまう。
明日あたり、地上にあがるのだろう。
19日目(8月16日・晴)
相棒のホソカワくんが言った。
彼らは「フロッグマン」というそうだ。
名前から推察できるように、ついに彼らは蛙形態を取り
地上に上がった。水槽の温度だけでなく、湿度まで
調整してやらねばならなくなった。
どうやら2匹の性格が違うらしいことに気づく。
一匹は活発でよく動くが、非常に愛想が悪い。
私が声をかけると
「なんでお前に声かけられてホイホイ振り向かなきゃいけないんだ」
「はいはいはいはい、なんでございますか?」
とコミュニケーションを拒絶しているようにも思える。
もう一匹はじっとして考え込んでいることが多い。
声をかけてもよく話してくれるし、また自分たちの生い立ちもよくしゃべる。
私の両親のことも気にかけてくれている。
しかし考え事をしているときに声をかけると怒るようだ。哲学者肌か。
20日目(8月17日・晴)
活発なほうのシーマンが私に助けを乞うた。
彼いわく、
・この水槽から外に出たい
・外に出るためには、上からぶら下がっている輪に飛びつかねばならない
・大きな岩に登って飛びつこうと思う
・ジャンプするタイミングを指示して欲しい
ということだ。
彼が岩に登って「さあ合図をしてくれ」と言う。
それに答えて私は叫ぶ。「ジャンプ」
しかし彼は足を滑らせて岩から落ちた。
「タイミング悪いんだよ」
私は怒られた。
21日目(8月18日・晴)
今日も何度か「ジャンプ」に挑戦したがすべて失敗に終わる。
私は少し不安なのだ。
彼がジャンプに成功した時、おそらく彼らは水槽から外に出てしまうだろう。
私はもう飼い主ではなくなってしまうだろう。
それならばいっそ、ずっとこの水槽にいてもらいたい。
だが「自由が欲しい」と叫び、
何度も水槽の壁面に飛びついている彼らを見ていると、
そんなエゴも通せはしないことはわかっているのだ。
今日二つの行動を見た。
ひとつは交尾。ギルマンの時と同じように、吸血管を通して行っていた。
もうひとつは「ビンタ」。お互いに向き合って、相手に頬を張っていた。
最終日(8月19日・晴)
「ジャンプ」
ついに私はタイミングよくその言葉を発してしまった。
シーマンが輪に飛びつくと、水槽の奥の壁が倒れてしまった。
水槽の向こうは、ガゼー博士の用意した密林だった。
彼らのうち一人が私を誉めてくれた。
いい主人だった、と。
そして彼らは、密林へ姿を消した。
しかし。タップさえすれば彼らは姿を見せてくれる。
私のタップにあわせてリズムをとってさえくれる。
見える場所にいる時は、話をしてくれる。
とりあえずさらばだ、シーマン。
2001年にまた会おう。
独身貴族の城 mail to me, please
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